米づくりに欠かせない「ため池」は
歴史、生き物、人をつなぐ“交差点”。

米農家さんが田んぼ以外にいつも気にかけている場所がありますーーそれは「ため池」。おいしい米づくりには水の管理が非常に重要で、その要となる「ため池」は非常に大切な存在なのです。田んぼがお休みしている間、ため池はどのような様子なのでしょうか。稲美町にある「加古大池」を訪れました。

古くは奈良時代から。
ひとびとの暮らしとともにある「ため池」。

実は、日本で一番ため池の数が多い兵庫県。県内には現在2万1千ものため池があり、全国のため池の14%を占めています。兵庫県の中でもとくに南部はもともと降水量が少ない気候のため、米づくりに欠かせない水を確保するためにひとびとが知恵を絞り、たくさんのため池を築造してきました。記録が残っている中でもっとも古いため池は、765年につくられたもの。なんと奈良時代から大切に受け継がれ、現代でも当たり前に使われているのです。

地図の薄い水色の部分はすべてため池。実際に上空から見ると無数のため池が点在しています。

 

とくにため池が多いのは、播磨地域の瀬戸内海沿岸のエリア。その中で、「いなみ野台地」と呼ばれる高台には、100以上のため池があります。ここは大きな山も川もなく、万葉集の時代から「不毛の地」「寂しい荒地」といった描写で歌に詠まれることもあったほど、作物が育たない地域でした。ところが江戸時代に全国的に人口が増え、食糧増産のためにいなみ野台地が新田開発されることに。大きな河川がないので水が引けない、さらに山がないため降った雨が土地に溜まらず台地の下に流れ出てしまう。ひとびとはどうやって農業用水を確保するか、知恵を絞り、本格的にため池づくりが始まりました。

 

単にため池を造って降雨を待つだけでは、土砂降りになっても10〜20cm分しか水は溜まりません。水をため池に集めてくるための水路を造りました。こうしたため池と繋がった水路が網目状に広がり、台地に降った雨水を集めて貯めておくように設計したのです。こうした水路は、稲美町で「流溝(りゅうみぞ)」と呼ばれています。
さらに、水を求めていなみ野台地の周辺河川から農閑期に水を分けてもらってため池へ。こうしていなみ野台地でも米づくりができるようになったのです。

流溝(写真右)をくまなく張り巡らせ、ため池と接続。周囲に降った雨をできるだけ多くため池に集めるための工夫です。

 

その後、明治・大正時代にはより安定的に農業用水を確保するために、最新の土木技術を使って淡河川疏水や山田川疏水がつくられ、「淡河川・山田川疏水」が完成。トンネルが多く軟弱な地質のためとても難しい工事だったとの記録も残っています。さらに戦後の食糧増産時代を受けて丹波篠山市からの東播用水の水路も築かれ、現在に至ります。2025年は空梅雨で水不足となる中、多くの田んぼでいつもどおりにお米を収穫できたのは、先人の知恵と努力によって築かれたため池のおかげだったと言えるでしょう。

ため池は、大きく2種類があり、写真のように平坦な場所につくられたため池が「皿池」。一方、山から流れ出る川を堰き止めてつくる山裾にあるため池が「谷池」。成り立ちによって種類が分けられるそうです。

ため池は生き物を育む
「ゆりかご」の役割も。

冬の田んぼにはほとんど生き物の姿は見られませんが、その分ため池では渡り鳥をはじめたくさんの生き物を観察することができます。鳥類では水辺を好む鴨、アオサギ、鵜をはじめ、ため池のまわりに映える薮の中をねぐらとする雀もたくさん。また県内でも珍しいため池にしか自生していないアサザ、オニバスなどの水生植物も。また水の中にはタモロコ、フナ、コイ、亀、タナゴなど川から来た生き物も住んでいます。流れのない穏やかな環境なので多くの水中生物が大きく育つまで過ごす「ゆりかご」としての役割も果たしているのです。

遠い北国からやってきた鴨(写真左上)、浅瀬の生き物を狙うアオサギ(写真右上)、ため池に浮かぶ島を棲家にする鵜(写真左下)、薮の中で身を寄せ合って暮らす雀(写真右下)。たくさんの生き物がため池に集まっていました。

 

ため池に住む鯉やフナはその昔、ひとびとの貴重なタンパク源でした。そのため農閑期の秋以降に、池の水を抜く「かいぼり」を行い、獲れた魚をいただく風習がありました。飽食の時代になるにつれ「かいぼり」を行う池は徐々に減少。しかしずっと水を溜めたままだと水質の悪化や池底に泥が溜まったり、堤防の異常に気が付かないなどのデメリットがあるため、いなみ野台地の自治体ではため池を管理している農家さんと協力し「かいぼり」を復活させています。すると、驚くことに水を抜いたため池の中の生き物を狙って、コウノトリが飛来するように!2024年度には延べ317羽がいなみ野台地にやって来たそうです。

 

今回訪れた加古大池には生き物との共生を学ぶための「野鳥観察壁」や「水生植物園」などが整備されていて、市民が気軽にため池に息づく生き物を見る・聞く・知る場として解放されています。

野鳥を怖がらせずに観察できるよう設けられた「野鳥観察壁」(写真左)。「水生植物園」(写真右)では、貴重な植物を存続させる取り組みなども検討されています。

“おにゅうさん”のお参りから野焼きまで。
あちこちに残る、地元の慣わし、

昔々、あるところに何度つくっても壊れてしまうため池がありました。「どうしたら壊れなくなるのか?」困り果てた村人の夢に、神様からのお告げが。それは「次にため池の前を通りかかる人を、ため池をつくる際の人柱にせよ」との内容でした。村人は神様のお告げの通りに人柱を立ててため池を築造したところ、二度と壊れることはなかったそうです。

 

――これは、いなみ野台地に伝わる昔話。人柱になった女性は「おにゅうさん」と呼ばれ、現在でもおにゅうさんが祀られたお寺では命日に法要やお祀いをする習慣が残っています。他にも、田植え時期に初めて田んぼに水を流す際に行う「樋抜き(ひぬき)の儀」など、五穀豊穣や安全祈願のための願いを込めたため池にまつわる伝統行事や言い伝えもたくさん残っています。

 

兵庫のひとびとが願いを込めて守ってきたため池と、その周りに広がる美しい田んぼの景色。そんな原風景を守りたいと開発された「コ・ノ・ホ・シ」は2026年、“ため池の聖地”いなみ野台地の多くの田んぼで栽培される予定です。

冬にため池の堤防の斜面を焼く「野焼き」も昔からずっと行われてきた活動。雑草などを定期的に焼くことで、草木の根で堤防がもろくなるのを防止する効果があります。